09


手綱を引き、馬の足を止めた仮面の男に倣い、背後に付き従っていた豊臣軍の兵達も足を止める。

「君は…」

すぃと目を細めて馬上から見下ろしてきた男に遊士は刀の柄に手をかけたまま応えた。

「奥州伊達軍、遊士。そういうアンタの名は?」

「豊臣軍、竹中 半兵衛だ。…そうか、君が光秀君の言っていた…」

後半は独り言の様で良く聞き取れなかったが、遊士は構わず刀を抜く。

「残念だったな。政宗ならここにはいねぇぜ」

背後からの奇襲は失敗したんだと暗に告げれば、半兵衛は唇を歪め、そうみたいだねと慌てる様子もなく言葉を返し、馬から下りた。

「君がここにいる時点で分かったよ。竜の隠し爪」

「ah?」

チキッと刀の刃先を半兵衛に向けた遊士は聞き慣れぬ呼び名に眉を寄せる。

「影武者とも言うべきか。囮として僕たちの足止めでも命令されたのかい?」

「ha、生憎だがオレは自らの意志でここにいる」

互いに探り合い、動く時を待つ。

「それはまた物好きな。どうだい?墜ち行く竜と共にいるより豊臣に来ないかい?君の爪、僕なら自由に振るわせてあげるよ」

「ふん、オレは政宗の元にいて不自由に思ったこともなけりゃ、政宗以外の奴につく気は毛頭ねぇ。…そんな安い挑発には乗らねぇぜ」

ゆらりと、一陣の風が肌を撫で、灯りを揺らした。

次の瞬間、振り下ろされた刃と鞘から抜かれた剣が薄闇の中鈍い光を放ち、キィンと甲高い音を立ててぶつかりあった。

カチカチと擦れ合う刃。

半兵衛が手にした剣を返せば、カチリと小さな音がして刃の部分がバラける。

その一瞬前に遊士は後ろへ飛び退き、半兵衛から距離をとった。

「関節剣か…」

鞭のようにヒュンと伸びて襲い掛かってきた剣をかわすと、カシャンカシャンと音を立てて剣は元の姿に戻っていく。

「仕方がない。豊臣につかないというなら、強行手段をとらせてもらうよ」

スッと向けられた剣先。
それを合図に半兵衛の率いていた兵が刀を抜き、斬りかかってきた。

「彰吾!」

「はっ!皆の者、かかれー!」

振り返らず遊士が名を呼べば、それを受けて彰吾が指示をとばす。

対峙する半兵衛と遊士を避けて、豊臣軍と伊達軍の兵がぶつかり、すぐさま交戦状態に陥った。

「なるほど。彼が君の右目と言うわけか」

チラリと彰吾へ向いた視線に遊士はニヤリと笑って間合いを詰める。

「彰吾はやらねぇぜ」

ガキンと再び刃が鳴る。

その背を守りながら、彰吾は斬りかかってくる豊臣兵を片付けていった。








同様に、若狭周りで馬を進めていた政宗達も馬から下り、刀の柄に手をかけていた。

豊臣の追っ手も無く、順調に行けば明け方頃には本能寺へと辿り着く予定であった、…が。

ザザッと音を立てて揺れた茂みを注視する。

月明かりと、灯した松明の明かりが行く先の闇を薄くし、そこにある何かを照らし出した。

「っ、筆頭!囲まれてますぜ!」

そして、兵の誰かがそう声を上げ、政宗は舌打ちした。

「織田、もしくは豊臣でしょうか?」

若狭を抜けるか抜けないかの地点まで来ている政宗達に差し向けられたのは、果たして織田か、豊臣か。

織田ならば伊達の動きを察知して軍を放ったか、豊臣ならば追っ手が追い付いたのか。

「さぁな。だが、奴等は殺る気みてぇだぜ」

どちらにしろ敵に変わり無く。

小十郎にそう応えつつ、政宗の頭の中を一瞬、途中で別れた遊士達の姿が過った。

いや、アイツ等なら大丈夫だ。

政宗はクッと口端を吊り上げて、自分達を囲む一団に向けて言葉を発した。

「どこの山賊だか知らねぇが、俺達の邪魔をするなら斬るぜ」

チキッと、左の腰にある三振りの内のひと振り、右手をかけた刀の鯉口をきる。

「おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇよ。俺たちゃ山賊じゃねぇ」

ジャラリと金属の擦れる音を響かせ、顔のよく見えない団体の中から、一人の大柄な男が進み出て来て政宗の言葉を否定した。



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